| ◆インド・マレーシア視察レポートC(インド編・後編) |
日石工組視察レポートC INDIA CHEM06、GODREJ社を訪問
日本石鹸洗剤工業組合(瀧山謙理事長)のインド・マレーシア視察レポートの第4弾は、インド編・後編として、インド国内最大規模の化学製品の展示会「INDIA
CHEM 2006」やインドの大手油脂化学製品メーカーGodrej
Industries(ゴドレジ・インダストリーズ)への訪問、さらにムンバイを離れ、ジャイプール、アグラなど地方都市、そして首都ニューデリーから日本に向けて帰国に至るまでのツアーの様子などを中心に報告する。
(取材:若間泰徳)
インド最大規模の化学製品展示会、INDIA CHEM2006
11月8日午後から一行は、ムンバイで行なわれたインド国内最大規模の化学製品の展示会「INDIA CHEM
2006」の会場を訪れた。同展示会は2000年にはじまり、以来2年に1度開催されている。前回2004年のときには約250社が出展。3日間で約2万人が訪れた。今回もインド石油化学庁及びインド商工会議所連盟の共催で11月8日から10日まで3日間の日程で開催された。
同展示会には、石油系の基礎化学素材をはじめ、プラスチックや合成繊維、肥料や農薬、染料や顔料、塗料、油脂製品や医薬品、製薬関連の中間体、添加物、研究機材、バイオテクノロジー関連、安全システム、プラント設備など様々な化学製品やそれに付随する設備やシステムなどを扱う多様な企業が集まっていた。
同展示会には、インド国内をはじめ、アメリカ、中国、ロシア、ドイツ、イタリア、日本、ASEAN(東南アジア諸国連合)などから300社を超える出展があった。また、前回はパートナー国として、そして今回はゲスト国となった日本からは、今回の視察団にも参加した丸紅をはじめ、川研ファインケミカル、伊藤忠商事、日華化学、積水化学グループ、住友グループ、帝人グループ、三菱商事、三菱化学グループ、豊田通商、日本化学工業協会など35社・団体による出展が行なわれ、広がりを見せるインド市場に向け、それぞれの製品や技術をアピールした。
大手油脂化学製品メーカー・GODREJ社
視察団は翌9日、ムンバイにある油脂化学製品大手メーカーのゴドレジ・インダストリーズを訪問し、同社の概要や取り組み、そしてインドの石鹸・洗剤市場について話を聞いた。
一行を迎えたのは、ゴドレジ・インダストリーズのナディル・B・ゴドレジ社長をはじめ、同社幹部のマシュー・エイプ氏並びにニティン・S・ナバル氏らであった。
はじめにゴドレジ・インダストリーズの概要について以下の説明が述べられた。
ゴドレジグループは1897年に設立され、109年という歴史と伝統のある企業であり、グループの売上高は550億ルピー(約1500億円)。1万8000人の社員がおり、インド国内と海外を合わせると100カ所に工場・事業所を有している。グループは全体で18の企業があり、それぞれ家庭用品、産業用品、IT、農薬、食用油、化学製品などを扱っている。
ゴドレジ・インダストリーズの売上げは1億4000万j(約155億円)で、パーム油やパーム核油を主原料として、各種脂肪酸、工業用および医薬用グリセリン、脂肪族アルコール、各種界面活性剤、アルファオレフィンスルホン酸塩、ラウリル硫酸塩、ラウリルエーテル硫酸塩などを製造し世界各国に輸出している。
こうした原料は洗剤、シャンプー、コンディショナー、スキンケア品、化粧品、ゴム製品など様々なものに使われている。
工場ではISO9000や14000シリーズなどの認証も取得し、また定期的に顧客満足度の調査も行なうなどして品質管理に努めている。さらに現在はサプライチェーン全体の効率化、強化を図っている。インド国内では、環境に優しい企業としての賞も受賞している。
10年前から日本にも製品を輸出している。主な企業としては三洋化成工業や東邦、竹本油脂などがある。(このほか説明用のスクリーンにはP&Gやユニリーバ、ロレアル、チバスペシャリティケミカルズなどの名前も見受けられ、同社の製造、販売レベルが世界的であることを物語っていた)
続いてインドの石鹸・洗剤のマーケットについて次のような説明が行なわれた。
「当社は昨年、石鹸を6万2000d販売した(OEMを含む)。洗剤に関しては液体のみで、これはウールを洗うもので、昨年3500`gを販売した。
インドでは小さな商店が多く、多品種の商品を展開しているところは少ない。また、インターネットでの販売や訪問販売などもほとんどない。
インド全体では約600万の店で石鹸や洗剤が売られている。石鹸は50万dの販売量がある。これはアメリカの石鹸マーケットとほぼ同じサイズである。ただしボディウォッシュやコンディショナーは、インドではほとんど売れていない。
また、マーケットにおける国内メーカーと多国籍企業との比率は、石鹸では35%が国内メーカーで65%がユニ・リーバやP&Gなどの多国籍企業。洗剤も同じ比率。シャンプーは、国内メーカーが25%で多国籍業が75%を占めている。ただしそうした多国籍業の製品もほとんどがインド国内で製造しているものである。
天然系原料へのシフト図る

【質疑応答】
――脂肪酸や高級アルコールの原料はどういうルートで調達しているのか
「パームステアリン酸などほとんどの原料は、マレーシアやインドネシアから輸入している」
――世界的に原油価格が高騰しているが、インドでは石油系の原料への影響は
「インドでも石油系原料は上がっている。植物系の原料も上がっているが、石油系よりは上げ幅は小さいのでそちらにシフトしていっている」
――原料コストが上がっているが、インド市場での末端価格はどうなっているか
「残念ながら原料の値上がりのように末端価格は上がらなかった。天然アルコールの値段はこの1年間下がり気味である」
――インドでは将来的にみて石油系と天然系の原料では、どちらをより重要視していくか
「当社では石油系原料は、アルファオレフィンだけで、それもいずれ天然系のものに替えていくつもりだ」
――末端の商品について、例えばシャンプーなどにふけ取り剤などを加味したようなものは展開しているか
「そうしたものは、輸入したもので展開している」
――化粧石鹸とボディソープとの比率は
「家庭では、ほぼ100%が石鹸で、職場や学校などで一部液体のボディウォッシュが使われている程度」
――インドでの洗濯機の普及率はどのくらいか
「都市部でも10%以下で、地方ではほとんどないという状況だ」
――現在、日本向けの取引ではどのようなものを販売しているのか
「高級アルコール、C16、C18など」
――インドでは洗剤ではなく、液体の石鹸はあるか
「あることはあるが、非常に少ない。1%以下だと思う」
――現在、天然原料をマレーシアやインドネシアから輸入しているということだが、将来そういった原料をインド国内で生産する計画はあるか
「インドでもパーム油を生産しているが、それは食用でしか使われていないので今後も輸入により、調達していく。ただしインドでは現在、バイオディーゼルの原料としてジャトロファ(※)という植物を植えている。この植物の実には35%の油分が含まれている。インドには多く見られるが、人間にとっては毒性があるということで、ほとんど見向きもされてこなかった。しかし、最近になってバイオディーゼルの原料として注目されるようになってきた」
(※Jatropha=ジャトロファは、乾燥や害虫にも強くインドやアフリカなどに自生する植物で、現在インド以外にも中国やアフリカなどでジャトロファを使ったバイオディーゼルの開発が進んでいる)
――石鹸がインドでは多く使われているというが、その用途は
「通常の手洗いや身体を洗うものとして使われている。洗濯用は、粉末が一般的である」
――動物由来の原料は、使っているのか
「インドでは宗教上の理由から牛や豚の油脂は使わない。以前は羊由来のものがあったが今はそれもない。ほかの会社でも使っていないだろう。当社は、インドではじめて植物油から石鹸を作った会社であり、今後も植物油脂を中心に展開していく」
――日本ではメーカー、卸そして小売というルートが確立しているが、インドでは商品を作って、商店に並ぶまでの販売ルートは、どうなっているのか
「多くは直接メーカーからディストリビューターを介して販売しているが、地方にはホールセラーがあり、それを通して販売している」
――ムンバイから東京までの輸送コストや配送にかかる日数はどのくらいか
「20フィートコンテナの場合は550から650ドル程度で、製品によって若干違いがある。また容量も製品によって14〜15dになる。毎週ムンバイから横浜に向けての便があり、15日程度の日数がかかる」
――ベトナムや上海に出した場合は
「上海までは300jから400jかかるが日本よりも安い。日数は日本と同じ程度だ」
引き続き日本石鹸洗剤工業組合の米田専務理事が登壇して、同組合の紹介ならびに、日本の場合は、石鹸よりも洗剤のほうが販売量が多く、また固形石鹸よりもボディソープのほうが伸びているなど、日本の石鹸、洗剤の生産量の推移やマーケットの様子をスクリーンに資料を映し出しながら説明を行なった。
このあと視察団は、同社の本社工場を見学した。
同工場は、敷地面積が約40万平方b、工場面積が約28万平方bという規模で、ここでは脂肪酸、グリセリンの分解、精製のためのプラントなどを見学。そののち再び社屋に戻った一同は、同社の社員食堂で、同社幹部らとともに和やかに昼食をとったのち、同社をあとにした。
ジャイプール、アグラを訪問

この日の午後から一行は、ムンバイ市内のマーケットなどを見学し(詳細はインド前編に掲載済)、翌朝5時25分初の国内便でジャイプールへ向かった。
ムンバイから約900`bのところにあるジャイプールは、18世紀初頭に権勢をふるったマハラジャによって建設された赤い城壁に囲まれた町である。そのため別名ピンクシティーと呼ばれている。今も古い町並みがそのまま残っている。ムンバイは近代化された都市部が多かったが、ジャイプールで見たこのピンクシティーや、あるいはそこからバスで20分ほど離れた小高い山に建てられたアンベール城など、まさに異国情緒に満ちていた。
アンベール城周辺では観光客用に象のタクシーまであり、車と人でごった返した喧騒のムンバイとはまったく違った雰囲気を醸し出していた。しかし、こうした観光地では、ムンバイ以上に、凄まじいみやげ物売りたちが、観光客めがけて押し寄せてくる。11億人が十分に仕事に就けるだけの産業基盤は、まだまだこの国にはなく、こうした物売りの猛攻は、まさに生活がかかっているといったところなのだろう。しかし、あれでは、ゆっくり異国情緒に浸ってはいられない…。
ジャイプールでは、インドの織物や宝石などのみやげ物屋にも立ち寄り、一行は、昼食後専用バスでアグラへと向かった。
途中の景色は、ところどころ小さな村落や町もあったが、その多くはまさにインドの地方といった感じで、荒地や農耕地が延々と続いていた。インドでは国土の半分以上が農耕地であり、7億人もの人々が農業に従事しているという。
ところで、ジャイプールからアグラまでの道のりは230`b、日本なら高速道路を使えば3時間弱の距離だ。しかし、道はデコボコが多く、ラクダや牛も行き交うインドのこの道は、交通量も多く途中渋滞にもつかまり、出発して6時間ほどでようやくアグラの町に着くといった状態であった。先にムンバイの証券取引所でも聞いたことではあったが、道路や電力などインフラ整備は、やはりインドにとって大きな課題であることがうかがわれた。
世界遺産、タージマハルへ
11月10日夜にアグラに着いた一行は翌朝、インドを代表する世界遺産、タージマハルを訪れた。
タージマハルは、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーが妻の死を悼んで、世界中から資材や人材を集め22年もの歳月と国が傾くほどの莫大な資金を投入して建設したものであるという。白い大理石でつくられた見事な建造物のタージマハルには、毎日世界中から大勢の観光客が訪れる。
そのタージマハルの名は、第5代皇帝の亡くなった妻ムムターズ・マハルの名に由来する。
アグラでは、このほかアグラ城や今も時を刻む日時計のある天文台などを見学した。一行は、昼過ぎに再びバスに乗り、揺られること4時間、インドの首都ニューデリーに着いた。ニューデリーではムンバイ以上の交通渋滞で、町はその排気ガスのせいか煙っていた。
視察団は、ニューデリーで一同揃っての最後の夕食をとり、夜の11時10分、インディラガンジー国際空港を飛び立ち、マレーシア経由で成田、関西空港へとそれぞれ帰国の途についた。
インドを視察して 垣間見た「光と影」
現在、インドの経済発展を牽引しているのは、コンピュータのソフトウェア開発やオフィス業務の受託、あるいは医療や医薬品、映画製作など知識集約型の産業である。それは産業分野でいえば、第三次産業である。
通常、経済発展は、農林業などの第一次産業から工業など第二次産業へ、そしてサービス業などの第三次産業へと段階を追って進むと言われている。中国も現在、第一次から第二次産業へと移行している。しかし現在のインド経済は、第二次産業を飛び越える形で第三次産業が大きく伸びている。2004年度のインドのGDPにおける分野別の比率は、農業及び関連産業21%、鉱工業22%、そしてサービス業が58%と、第三次産業の高さが突出している。
しかし、こうした産業構造による経済発展は、都市部と農村部の、そして高等教育を受け知的労働に従事できるものと、そうでないものとに大きな格差を生み出しているという。
農業就業者や都市部の低所得層、そして低カースト層にとって貧困問題は依然深刻である。今回の視察は短期間に過ぎず、インドという大きな国のほんの一部しか見られなかったが、その中でも将来に向けた発展とともに、まだまだ貧困層が少なくないという現実の一端が垣間見えた気がする。
今年10月に放送されたNHKのインドの特集番組の中で、インドのカマル・ナート商工大臣は、同番組のインタビューに応えて次のように話していた。
「インドにとって、IT産業の発展は目覚しいが、国全体の生活レベルの底上げにはそれだけでは不十分だ。1日1j以下の生活レベルの人がまだ3億人もいる。国全体の底上げには、製造業の育成が不可欠だ」
現在インドでは、経済特区を設け、法人税の免除などをし、内外の企業の誘致を行なっている。こうした企業が新たな雇用を生み出し、農村部からの働き手も賃金収入を伸ばし、低所得層から新たな中間層へと加わりつつあるという。
しかし、製造業は、IT産業以上にインフラ整備が必要である。現在のインドは、電力や水の不足が伝えられており、さらに道路、鉄道、空港などの交通インフラも輸送量の増大に十分に対応しきれなくなっている。
経済発展の著しいインドだが、格差や貧困、インフラ整備の課題をどう乗り越えていくかが今後の発展の大きなカギになることは間違いないだろう。
日本も現在ODAを通してインドのそうした課題解決に向けた支援を行なっている。例えば、今回でも交通渋滞のひどかったニューデリーでは、地下鉄や高架鉄道の建設による都市環境の改善、あるいはガンジス川の水質浄化のための下水処理の整備などである。
貿易量だけを見れば、まだまだ日本とインドの関係は強い絆で結ばれているとはいえない。
2005年度のわが国のインドへの輸出高は、3882億円(財務省資料)で、これは全貿易相手国中24位、金額で中国の23分の1程度、マレーシアと比べても3分の1以下でしかない。また同じく輸入実績についてもインドからは3524億円で、同26位。中国にくらべれば34分の1程度の輸入に過ぎないといった状況である。
ただ、歴史的に見ても両国の関係は、比較的良好なものであり、もっと緊密になり得るものだと思う。11億人という巨大な人口を抱えるインド、ただその人口は単なる労働人口でも消費人口でもない。
ともすれば今日の経済のグローバル化は、顔の見えない、人間性から遠く離れたものであると批判されることが多いが、日本とインドの関係がそうならないように、是非お互いの顔が見える関係の上に発展していってほしいと思う。(W)
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