◆インド・マレーシア視察レポートB(インド編・前編)
 

 ◆BRICsの一角として急成長するインド 


 日本石鹸洗剤工業組合(瀧山謙理事長)のインド・マレーシア視察レポートの第3弾は、インド編・前編として、インドの現状について、そしてインド入国の翌日に訪れたアジアで最も古い歴史を持つ証券取引所BSE(ムンバイ証券取引所)訪問やムンバイ市内のマーケット視察の様子を中心に報告する。(取材:若間泰徳)


自由主義経済への移行で経済発展遂げる

 インドは、1991年の経済危機を経て、それまでの社会主義的経済政策から自由主義経済化へ大きく路線を変更。現在ではIT産業や医薬品産業をはじめ、様々な分野での経済発展を見せている。その国土は、約330万平方`bで、日本の9倍ほどの面積を持ち、人口は約11億人でこれも日本の9倍で、広大な国土に日本と同じ人口密度で人々が生活している巨大な国である。GDPは8002億j(2005年/IMF資料)、これは世界第10位、BRICsの中では中国に次いで2番目に高い。しかし、1人当たりのGDPでは4カ国中最下位で、世界的に見てもかなり低い水準となっており、まだまだ国民1人当たりの生産性や豊かさといった面では発展途上国である。
 ただ、11億人近いその人口は、若い世代が多く、ピラミッド型の人口構造を形成し、近い将来中国を抜き人口世界一となることが確実視されている。すでに現在の人口にしても、インド一国でアフリカ全体(8.4億人/53カ国)を上回っている。その経済成長の速度は、30年、50年のスパンで見るならばいずれ先を行く中国を追い抜くであろうとの予測もある。ちなみに2028年にはGDPにおいて日本を抜くとも言われている。
 かつてインドといえば、アジアの中でも貧しい国で、カースト制度やヒンドゥー教など独特の社会や文化に関心が示されたものの、その経済についてはほとんど日本から関心は持たれなかった。しかし今やBRICsの一角として、そして「中国の次はインド」とばかりに、インド株ブームも起きている。
 つい最近のニュースでも、BRICsの火付け役ともなったアメリカの金融・投資会社のゴールドマン・サックスが、インド経済の急成長に伴い、さまざまな業種への投資を検討しており、今後2年間で10億jをインドに投じる計画があると報じている。
 果たしてインドは、今後どのように変貌を遂げていくのだろうか、世界の中でどのような位置を占め、日本にとってどのような国となるのか、今回の視察は、インドを実際に見、そして感じ、理解を深めることを大きな目的としたものであった。

 視察団がマレーシアを離れ、インドのムンバイに到着したのは、11月7日、現地時間の午後10時過ぎであった。入国審査を済ませた一行を空港出口で出迎えた現地ガイドのママニア氏と合流し、専用バスに乗り込み、宿泊先ホテルに向かった。
 途中ママニア氏から、インドの簡単な説明として、現在の人口は約10億8000万人、そしてムンバイは、インド最大の経済都市で、人口もインドで最も多く1600万人が暮らしていると教わった。また、これから行く宿泊先のオベロイホテルは、ムンバイでも高級なホテルで安心して泊まれるところだが、水道水は決して飲まないようにとの注意を受けた。現地の人には何ともなくとも、日本人には合わないのだという。ミネラルウォーターは、海外旅行の必須アイテムだが、特にインドでは水に関しては要注意である。飲み水だけでなく、水道水を使って軽く洗っただけの食器や野菜なども気をつける必要があった。一行の中には500_gのペットボトル20本、計10gもの水を日本から持ってきたメンバーもいた。
 専用バスで空港をあとにした一行がホテルまでの約1時間の道のりで、目の当たりにしたインドの現実には、いくつもの驚きがあった。
 まず1つには、夜間にもかかわらず、町中に溢れた人の多さである。
 10億人を超す大国であるとは分かっていても、実際に見るその光景は、夜のせいもあって異様なものに感じられた。まるで昼間のごとく人々が夜更けに町でたむろし、歩き、店に出入りする。とにかく町中のそこかしこに人がいた。
 さらに人の多さに比例する車の多さ、ムンバイではさほどの渋滞には出くわさなかったが、ひっきりなしにクラクションの音が鳴り響いていた。ムンバイに着いて人の多さとこのクラクションのうるささには驚かされた。
 そして最後に、道端で寝ている人の多さ、それは見るからにホームレスであり、道路わきに点々と何キロにも渡ってその光景は見られた。ムンバイにはスラム街などもあるというが、ホームレスの多さ、貧しい人の多さには少なからずショックを受けた。
 驚きと旅の疲れ、そしてすでに深夜の12時、ホテルに着いた一行は早く部屋に入って休みたかったが、ここでもインドならではの洗礼が待っていた。
 チェックインに30分〜40分も待たされ、あげくにスーツケースなどの荷物もなかなか運ばれてこない。苛立ちを隠しきれない一同。インドでも有数の国際ビジネスの拠点となっているムンバイの一流ホテルをしてこれである。現地ガイドいわく「団体客になれていなくてホテルの手際が悪くて申し訳ない」。
 インドでは日本のサービス業と比べるとその後の対応でもわかったが、マイペースというか、大雑把というか、わずか数分の列車の遅れに目くじらを立てる日本の国民性でとやかく言っても、そもそも通じないのだと悟らざるを得なかった。
 インド初日は、こうして短時間ながら強烈なインパクトを与えるものだった。

BSE(ムンバイ証券取引所)海外からの投資 今後更に拡大

 翌朝ホテルをあとにした一行は、専用バスでムンバイ市内の中心街へ向かった。訪問先は、インド最大の証券取引所BSE(ムンバイ証券取引所)である。
 途中で目にした市街の様子は、昨夜の空港からの道のりよりもさらに車と人とクラクションの音に満ちた喧騒の様相を呈していた。
 ムンバイはインド西部に位置し、アラビア海に面し、インドの西の玄関口と言われている。首都ニューデリーが政治の中心なら、ムンバイは経済活動の中心地であり、高層ビルが林立する大都市である。東京23区やソウルよりもその人口密度は高く、1600万人もの人々が468平方`bのこの都市に暮らしている。ムンバイはつい10年ほど前までイギリス統治下での呼び名である「ボンベイ」と呼ばれていたという。しかし、1995年に元々の地名であるムンバイに改められた。今でもムンバイ市内には、イギリス統治の跡を思い起こさせるイギリス風の建物があちこちに見られ、公園などの空き地では、イギリス発祥の野球に似たスポーツのクリケットが行なわれているのもよく見かけた。

 午前中にBSEに着いた一行は、バスデバンゼネラルマネージャーからBSEやインドの投資、経済状況などについて話を聞いた。
 はじめにBSEの紹介として「BSEは、1875年の設立で、ロンドン、ニューヨークに次いで世界で3番目に古い取引所であり、ここには5000以上の企業が上場し、衛星通信を通じてインドのどこからでも取引ができるインド最大の証券取引所である」と説明を受けた。
 続いてインド視察とBSE訪問にあたって、瀧山団長が次のようにあいさつを述べた。
 「今日、我々の業界でも中国や東南アジア諸国には様々な企業が進出している。インドについてもBRICsの一角であり、中国の次はインド、というふうに注目が集まっているが、現時点ではまだまだ進出している企業は少ない。今回の機会を活かし、インドについて学び、そしてこれからのチャンスに結び付けていきたいと考えている」
 続いて永井副団長が日本とインドの友好関係について、新潟地震の際のインドからのお見舞いや森元総理や安倍総理などが親インドであることなどを説明した後、質疑応答に入った。

 
【質疑応答】
 ――日本からのアプローチの現状は
 「インドには、野村證券や日興コーディアル証券など多くの投資企業が進出してきており、日本からの関心は高く、10から15社の支店が出店してきている。また、ムンバイの安井日本総領事が毎月のようにここを訪れてインドに関する情報を熱心に収集していかれる」
 ――我々の業界の化粧品や石鹸、洗剤などの企業としては、今後インドへのコンタクトについてどのようなことを考えればよいか
 「インドの人口の30〜35%は25歳から30歳であり、それらの若者の多くは比較的お金を持っている。彼らは化粧品などにもお金をよく使っており、消費を牽引している。
 この2年間、インドでは自動車と携帯電話の加入者が大幅に増大しており、携帯電話の新規加入は世界一の伸びである。
 こうしたことからインドへの海外からの投資はますます大きくなっている」
 ――昨年と今年を比べて外資系の投資会社の増加はどうなっているか
 「昨年までに635社があったが、それが1年で800社にまで増えている。ことしに入っての9カ月間で投資額にして150億ルピー(約400億円)の外資が参入してきた」
 ――その内日本企業からの投資はどれのくらい
 「5%以下となっている」
 ――どの国からの投資が一番多いか
 「アメリカからが最も多く全体の40〜50%となっている」
 ――今年の初め頃インドマーケットは急落し、その後は回復して伸びているが、今後の見通しはどうか
 「若干の上下はあるが、1年で10〜15%程度の伸びが予想されている」
 ――日本人投資家からの投資はどのくらいあるのか
 「現在、日本からの個人投資家による直接投資はできず、機関投資家によるものだけとなっている。約3カ月前に野村證券が『インドファンド』というものを作って投資をはじめている」
 ――インドの失業率は高いと聞いているが、現在どの程度となっているのか
 「6〜7%となっている」
 ――アメリカでは株式の保有は、企業と個人が半々程度となっているが、インドではどのようになっているか
 「インドでも個人の保有率は高く、40〜50%を個人が持っている。また銀行が30%、残りを証券会社が持っている。BSEは古くから取引を行なっており、個人投資家もずいぶん利用している」
 ――インドの電力などエネルギー面でのインフラについて、それは今後の経済発展に伴い、十分な供給が可能なのか
 「電力については現在も大きな問題となっており、全体的に20〜30%程度不足している。産業用については、工場建設の際に自家発電の装置も設けられており、10%程度が問題だが、一般生活者については、25〜30%に問題がある。
 現在高速道路の整備を進めており、それ以外のインフラは2年間でだいたい改善の見込みとなっている。ただ、電力についてはインドの各州政府の管轄するところとなっており、大きな問題でもあり、3年から4年は問題解消に時間がかかると思われる」

 質疑応答が終わったのち、BSEからはるばる日本から来た視察団に記念品が贈呈された。

 

ムンバイ市内のマーケットを視察

 時間は前後するが、8日朝、ホテルを出てBSE訪問までの間に一行は、市内のショッピングモールに立ち寄った。残念ながら時間が早く、開店前であったが。そこは「ビッグバザール」というショッピングモールであった。
 インドではようやく近代的な小売チェーンの出店が増えつつあるといった状況で、このビックバザールも数少ないそうした小売チェーンである。インドの主要都市にチェーン展開している同店にはイギリスの小売大手マークスアンドスペンサーの店舗をはじめ、衣料品や家電製品、食品、生活雑貨など様々な店が集まっていた。
 だが、こうしたショッピングモールを利用するのはインドでも2億とも3億とも言われる中産階級の中でも比較的富裕層に限られると言われている。実際のインドの一般市民の買い物の場は、町中にある商店や市場の形態をとっているところである。視察団は、翌9日の午後、市内にあるそうした市場の1つに立ち寄って見学を行なった。
 この市場には食品や生活用品などを扱う多くの商店が軒を並べていた。日本でも昔は商店街の中にこうした市場があったように思う。市場の中の通路は狭く雑然とした感じだが、買い物客で賑わいを見せていた。当業界の洗剤やシャンプーなどの家庭用品もこのインドの市場で売られていた。ほとんどの店では値札などはなく、ここで買い物をする市民は、店の店員あるいは店主と時には何十分も交渉を繰り返して、つまり値切って買うのが当たり前なのだという。だいたい店主が最初に言った値段から40%を差し引いた値段が相場らしい。それならば最初から40%引いた値段を付けているほうが合理的で買い物も早いと思うが、これもインド流なのだろうか。
 インドの小売業界は、こうした旧来の市場や商店がまだまだ多くのシェアを占めている。しかし、中産階級がどんどん増加し消費を牽引するインドのマーケットにあって、また、これまで強かった大型小売業や外資の出店規制も緩和が進んできており、巨大な人口と経済発展を背景として、ウォルマートやテスコ、メトロなど外資の小売業が参入の機会を狙っているという。
 さらに国内の有力財閥グループなども小売業への参入や強化を打ち出している。今年インド最大の財閥タタ・グループがオーストラリアの小売大手のウールワースと業務提携し、国内で新たな小売チェーンを展開すると発表、インド国内に今後18カ月で30店舗の出店を計画しているとのニュースも伝えられている。さらに視察団帰国後の11月27日には、企業グループのバールティー・エンタープライズがウォルマートと業務提携で合意との発表もあった。
 経済発展に伴い、消費意欲の高い中産階級が1年に2500万人も増加するといわれているインド、小売市場も急速な成長を遂げつつある。輸出や外資の参入で急速な経済発展を遂げている中国に比べると、インドは内需拡大に、より重点を置いた経済成長モデルを描いているという。まだまだ平均所得の低いインドだが、豊富な労働力と人材をバネに今後さらなる経済発展が続くなら、そのマーケットも世界有数の魅力的なものになるかも知れない。

 

 

   次号インド編・後編では、インド国内最大規模の化学製品の展示会「INDIA CHEM 2006」、そしてインド有数の油脂製品メーカーであるGodrej Industriesへの訪問の様子、さらにインドの産業構造の特徴などについて紹介する。
 

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